今さら太平山街 〜お寺〜

前回に続き、太平山エリアの紹介です。

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このエリアのメインストリートである太平山街を歩いてみると、おしゃれなコーヒーショップやギャラリーと並んで、小さいお寺がたくさんあると気づくはず〜。これらのお寺は恭しく軒を構えているのではなく、既存の建物の一部分を間借りするみたいに、ひっそり存在しています。

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お寺が集中しているのは、太平山街とPoound Lane が交差する辺り。上の地図の1〜4の番号が振ってあるのがお寺です。まず、番号1の観音堂を見てみましょう。

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太平山街34号番地にあるこのお寺は、名前のとおり観音様を祀っています。唐楼スタイルの住宅の一階部分にあり、外装に赤タイルを使用し、せめてものお寺らしさを演出〜。表には香港らしい立派な渦巻線香が飾られています。お寺の上に普通の住宅って、相当ありがたみがあるような気がします〜。

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その斜め前にあるのが、水月観音菩薩を祀った水月観音堂(番号2)。番地は太平山街7号。ここも既存の建物の一階部分にお寺が設けられています。お寺の奥に1000の手をを持った菩薩を拝むことができます。外にある風車を回すと幸福が訪れるらしい〜。

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そして、そのすぐ隣にあるのが太歳廟(番号3)。一見、骨董屋か何かと間違えるほど、目の前の路上に物が溢れかえっていますが、れっきとしたお寺。星座に関連したお祓いをしてくれるらしいです。

ここで、これらのお寺に関するトリビアを紹介〜。
なんで3つものお寺がこんなに近く、肩身の狭そうに点在しているのだろう〜と疑問に持っている方はいませんか? なんと、これらのお寺はかつて一つのお寺で、同じ境内の中に祀られていたとのこと〜!元のお寺は、Poound Lane と Hollywood Road の交差する辺りにあったそうです。それが住宅地の不足などの理由で取り壊され、今のように周辺の建物の一部分に拡散して移転されたそうです。日本の感覚だとちょっと不謹慎に感じますが、お寺にも容赦無く再開発の波が押し寄せるのですね〜!
続いて紹介したいのが、同じく太平山街にある、百姓廟(番号4)というちょっと変わった名前のお寺。太平山街40号番地にあります。このお寺は、かつて太平山エリアが中国人専用の住居区だった1850年代から、人々の生活に深く根付き、地域の発展と共に歩んできました。

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太平山がイギリス植民地時代にスラムのような悲惨な住環境であったという歴史は、前回の投稿を参照してください。当時の太平山の住人は中国からの移民や労働者で、単身、本土からやってきた人も多くいました。彼らが亡くなった時、遺体はこの百姓廟に安置され、故郷の家族が引き取りに来るのまで保管されたそうです。誰も引き取りに来なかった遺体は、お寺が遺族の代わりに供養し、境内に個人の位牌を祀ったとのこと。このお寺の名前である「百姓」は「たくさんの名前」という意味があり、「廟」はもともと祖先を祀る場所のことを指します。ということは、「百姓廟」は、故郷に戻ることのできなかった不特定多数の魂が安息する場所という意味で名付けられたのでしょう。

エリアのスラム化が進むにつれて、百姓廟は、家族や身寄りのない老人や思い病気を患った人、危篤状態の者などが最期を待つシェルターのような場所になっていきます。遺体や病人でごった返したお寺の衛生状態は決していいとは言えません。その状況を見かねたイギリス植民地政府は、1870年代に太平山の端に公共の病院を作ることに決めました。これが、現在も同じ場所にある東華ホスピタル(番号5)の始まりです。

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この病院は、当時、西洋医学に懐疑的だった中国人のために設立され、漢方薬などの中国医学をベースとした病院だったとのこと。その後、東華ホスピタルは、香港に三つの病院などを経営する大きな非営利団体となります。

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実はこの百姓廟も、現在は東華グループにより経営・管理されています。ちょっと暗い過去を持つお寺ですが、現在は新しいワォールアートで一新、とてもポップな雰囲気があります。

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2階部分に登ると、伝統的な廟を見学できます。おみくじや占いなどが行われており、エンターテイメント性高め(?)。

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今回は、太平山エリアにあるお寺を紹介しました〜。
おしゃれなカフェ情報などを期待していた方々、、、すみません。