177年前にイギリス軍が香港に初めて上陸した場所

前回の投稿で高々と宣言した、「香港のオリジナル海岸線をひたすら歩くツアー(仮)」の第一弾です。この企画は、香港の元の姿、埋め立てが行われる前の海岸線の名残りを探すのが目的。

その第一弾に選んだのが、香港島の上環エリアにあるPossession Point (水坑口)という場所です。ここは、イギリス軍が香港に初上陸した場所と記録されています。今から177年前、1841年のお話。

香港の都市化は、イギリス帝国の植民地となった時から始まりました。「香港の都市化=埋立て」なので、香港の元の姿を知るには、イギリスの上陸前に遡らなくていけません。

ということで、「香港のオリジナル海岸線をひたすら歩くツアー(仮)」を始めるのに、イギリス軍が香港に初上陸したPossession Point (水坑口)ほどふさわしい場所はないのではないでしょうか。

現在、「Possession Point (水坑口)」と呼ばれる場所はない?

グーグルマップで「Possession Point」とサーチすると、「荷李活道公園 (Hollywood Road Park)」が表示されます。

現在、「Possession Point」という場所は、存在しません。しかし、概念として地図上に存在する場所。なんとも、不思議な現象。

地図の示す場所にあるのは、この中華様式の公園です。記録上では、ここが、「1841年1月にイギリス軍が現在のヴィクトリア・ハーバー沖から香港に初上陸し、ユニオンジャックを高々を掲げ、香港のイギリスの植民地化を宣言した場所」となっています。

にもかかわらず、公園内にはそんな歴史を伺わせるものは一切なく、地元人がのんびりと日常を過ごしていました。平日の午前中なので、公園はご老人と子供を連れたメイドさんたちの溜まり場。

園内には、こんな立派な木もありました。微動だにしないけど無言のパワーが漲ってる。この木の下で元気に遊ぶ子供は、動のパワー。

それにしても、とってつけたような中華様式の公園だこと。この場所にて、香港の運命を決定づけた重大事件、イギリスの植民地化が始まったとは到底、想像できない。せめて英国庭園風にしたほうがよかったのでは?なんて。

歴史を紐解く

ひとまず、公園から出て、周辺を散策。

公園の東側に、ようやく歴史を感じられるものを発見しました。Possession Street (水坑口街)という坂道です。

道の脇にあった説明書きを読むと、かつてイギリス海軍は、この坂道を下った場所にあった沖に船を停泊させ、てくてく坂道を登り、香港島に上陸したとのこと。

現在、荷李活道公園のある場所が程よい平地の高台だったので、ここにキャンプを敷き、旗揚げセレモニーをしたそうな。なるほど。

かつての海岸線の名残りを発見

Possession Streetの中国語名は「水坑口街」と書きますが、漢字からなんとなく想像できるように、ここは、ピーク(香港島で一番高い山)から流れ出てきた水が海に合流した場所でもありました。小さな河口があったのですね。

しかし、現在、この場所に水や海の気配は一切なし。この坂に沿って川が流れ、水兵さんが船と陸を行き来してたなんて、到底、想像できません。

地図を見ると、ここからヴィクトリア・ハーバーまで、直線距離にして250mもあります。

しかし、この辺りの古地図を調べてみると、海岸線がPossession Street のすぐ近くにあったことがわかります。上の地図は1845年のもの。

そして、周辺には坂道や階段などが多く、高低差の激しい地形なのが分かります。かつてこの辺には、波打ち際に崖があったのではないかと、想像を掻き立てられます。

Possession Streetの上と下で交わる、Queen’s RoadやHollywood Roadが、周辺で不自然なほど急カーブしているのも、非常に怪しい。おそらく元々あった海岸沿いの地形に沿って、等高線上に造られた道なのでしょう。しめしめ。

「Possession Point」から「荷李活道公園」へ

それにしても、いつから「Possession Point」という地名が、「荷李活道公園」に変わったのでしょう?

古地図を一枚ずつ見てみると、「Possession Point」という表示は、1845年の地図に初登場し、その後1980年まで続いていた模様。荷李活道公園が完成したのは1990年のこと。

Possession Pointには、当初、軍事用バラックなどが建設され、イギリス海軍の基地として使われていました。

その後、埋立てが幾度と行われるたび、この場所は海から遠ざかっていきます。上の図の青線が時代ごとの海岸線を示しています。

海軍基地が海から離れていては意味がありませんので、イギリス軍は中環に引越しをします。

その後、この場所は、「大笪地」と呼ばれる市民の憩いの場として使われていたそうです。上の写真は1930年代の様子を写したもの。

憩いの場と書くと感じがいいですが、周辺には娼婦館があったり、結構、ガラの悪いエリアだったそうな。現在は、過去のイメージを払拭するかのように、いたって健全な公園になりました。

まとめメモ

「Possession Point」は、埋立てが行われていくうち、海からも徐々に離れ、その用途も変わってしまった場所。「イギリス軍が初上陸した場所」と言われても、もはや地名と場所の持つイメージが一致しない場所になってしまいました。

植民地時代の名残りを払拭するかのように、この場所に中華風の公園が造られたのも興味深いチョイス。中国に返還された香港の新しいアイデンティティーを無理やり築こうとしていようでした。